名曲アイランド〜川瀬泰雄(3)〜
元ホリプロの音楽プロデューサーでビートルズ研究家としても知られる≪川瀬泰雄≫ゲスト回の3話目。
10月3日 土曜 2:15 -2:30 tvk1
川瀬泰雄が担当した≪アンドレ・カンドレ≫はCBSソニーからデビューしたものの低迷、夜の店での弾き語りをさせられたりしていた中で、転機が訪れたのはポリドールレコードに移籍し、詞を重んじる同社のプロデューサー・多賀英典氏の助言を受けてからであった。そこからはヒットを生み出し、芸名も本名の読み方だけを変えた≪井上陽水≫に改名し、快進撃を続けた。
1971年、伝説のGFR後楽園球場来日コンサートにモップスが前座出演する関係で、川瀬と陽水はバックステージパスで現場に入っていた。折しも悪天候でヒョウが降り出し、2人は他のスタッフと一緒にステージ上の楽器に慌ててシートを被せる作業を手伝う。コンサートは決行され、前座のモップスから再スタート。
その時にGFRが演奏した「ハートブレイカー」がヒントとなり、陽水の「傘がない」が誕生した。この曲は最初、盛り上がり部分がない状態で仕上がったが、それでは尻切れトンボだとして、ギターを弾きながら試行錯誤している陽水の隣で、川瀬が一緒にギターを弾きながらアドバイスし、サビのメロディが出来上がったのだった。
ある日、ニッポン放送の番組に出演する陽水に同行した川瀬は、ラジオの出番が早く終わった為、その日偶然にも日比谷野音で開催されていたホリプロ3人娘のコンサートに陽水を誘った。そこで見た山口百恵に新鮮味を感じた川瀬は、やがて百恵の音楽担当となって数々のヒット曲を世に送り出し、音楽業界では[山口百恵=川瀬泰雄]として知れ渡るようになった。
https://meikyokuisland.webnode.jp/
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