ドキュメンタリー/教養
🈑ザ・偉人伝 奇跡の歌声SP 三波春夫・村田英雄・フランク永井・菅原洋一
その歌声で聴衆の心を打ち震わせる感動を届け、昭和を輝かしい時代へと導いた三波春夫、村田英雄、フランク永井、菅原洋一。4人の名曲と共にその激動の人生を追体験する。
7月19日 日曜 20:00 -22:54 BS朝日1
三波春夫は、幼くして母を失い自身も同じ病で生死をさまよう。父から習った民謡で寂しさを乗り越えるなか、家業が傾き13歳で上京。住み込みで働きながら浪曲師の道へ。戦時中は陸軍に入営し、終戦後は4年間のシベリア抑留を耐え抜いた。昭和32年、歌謡界へ転身する。「雪の渡り鳥」の大ヒットで紅白初出場を果たし、圧倒的な明るさと快活な歌声で「東京五輪音頭」「世界の国からこんにちは」で国民的歌手としての地位を築く。
浪曲師の両親のもとに育ち4歳で初舞台を踏んだ村田英雄。13歳で真打、14歳で座長を務めるも、16歳で海軍に志願する。福岡大空襲に遭遇し、犠牲者の搬送作業に従事。若手浪曲師として名をあげていく中、才能に惚れ込んだ古賀政男が浪曲「無法松の一生」を村田のために歌謡曲化して歌手デビュー。船村徹が作曲した「王将」が大ヒットしたが、絶頂期に糖尿病が悪化し1年の休業。闘病中も「夫婦酒」などをヒットさせ歌謡界をけん引。
フランク永井は、幼い頃に父を亡くし芝居小屋で母に女手一つで育てられる。旅芸人らに囲まれて歌の魅力を知り、兄を頼って19歳で東京へ。進駐軍キャンプで運転手をしながら実力を磨き、クラブ歌手として月100ドルを稼ぐ。その後、のど自慢荒らしとして名をとどろかせ、デビューを果たすも売れない日々が続くが、吉田正の助言でムード歌謡に転向。名曲「有楽町で逢いましょう」の大抜てきをきっかけに低音ブームを巻き起こす。
幼くして母を亡くした菅原洋一。「長生きできない」と言われるほど病弱だったが父の深い愛に包まれて育ち音楽大学へ。タンゴ喫茶へひそかに通って腕を磨き服部良一に見出されて弟子入りを果たす。昭和33年にデビューするも不遇の時期が続く。昭和40年、アルゼンチンタンゴをなかにし礼が訳した「知りたくないの」が驚異のロングセラー。甘く気品ある歌声でスターへの階段を駆け上がり「今日でお別れ」で日本レコード大賞を受賞。
2026/7/19
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